椎間板ヘルニアで休職を決めた日|私が一番怖かったこと

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「休職します」

そう言葉にするまで、私は何日も迷っていました。

椎間板ヘルニアと診断され、立つことすらつらい状態でした。

それでも私が一番怖かったのは、痛みではありません。

「職場に迷惑をかける」

その一言でした。

この記事では、椎間板ヘルニアで救急搬送され休職を決めた日の出来事と、その時に感じた不安について書いています。
同じように休職を考えている人の参考になればうれしいです。


発症と診断

腰に違和感を覚えたのは、2025年7月頃でした。

最初はよくある腰痛だと思っていました。

しかし8月頃になると、お尻から太ももの裏にかけて痛みが出始めます。

いわゆる坐骨神経痛の症状でした。

ヘルニアの可能性も頭をよぎり、整形外科を受診しました。

ただ、その時の検査はレントゲンのみでした。

椎間板ヘルニアはレントゲンでは映らないことを、当時の私は知りませんでした。

「骨に異常はないですね」

そう言われたことで腰痛だと思い込み、整骨院でのマッサージ治療を続けることにしました。

しかし、痛みはなかなか治まりません。

それでも仕事を休むほどではないと思い、騙し騙し働き続けました。

気がつけば11月になっていました。

その頃には、仕事帰りに駅から自宅までの坂道を歩くことすら難しくなっていました。

結局、タクシーで帰宅する日も増えていきました。


「迷惑をかける」罪悪感

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11月のある日、職場で痛がっている私を見て、入社同期の同僚が冗談まじりに言いました。

「ヘルニアで長期離脱とか、年末前に勘弁してよー」

もちろん悪気があったわけではありません。
いつもの軽い冗談でした。

それでも、その言葉は胸に刺さりました。

私は当時、労働組合の専従役員から現場へ戻ったばかりでした。

現場で頑張ろうという気持ちが強かった時期です。

「ここで抜けるわけにはいかない」

そう思いながら、痛みをごまかして働いていました。


動けなくなった朝

Emergency vehicles and other vehicles yielding the right of way

転機は、2025年11月23日の日曜日でした。

その日は朝から様子がおかしいと感じていました。

ベッドから起き上がろうと体を反転させた瞬間、腰に激痛が走りました。

体が動かなくなりました。

トイレに行くことすらできません。

私はそのまま妻に頼み、救急車を呼んでもらいました。

搬送された総合病院では、救急外来で検査が続きました。

MRI、レントゲン、そして痛み止めの点滴。

ようやくトイレに歩いて行けたのは、午前11時近くだったと記憶しています。

その後、医師から説明を受けました。

「椎間板ヘルニアです」

そして、そのまま入院することになりました。

入院は14日程度と説明されましたが、幸い8日で退院することができました。


家庭での居心地の悪さ

退院後も、歩くのがやっとの状態でした。

「この状態で仕事は無理だ」

頭では理解していました。

それでも、家で休んでいる自分にどこか居心地の悪さを感じていました。

職場では忙しい年末を迎えているはずです。

同僚たちは働いています。

それなのに、自分は家にいる。

その状況が、どうしても落ち着きませんでした。


それでも救われた言葉

そんな時、店長から電話がありました。

私は、年末までは安静にして年明けに再診する予定であることを伝えました。

すると店長はこう言いました。

「あなたは会社の今後を支えるべき人材だから、きちんと治してから復職してほしい」

さらにこう続きました。

「腰は癖になる。無理して復帰して長引いた人も何人も見てきた」

そして最後に、こう言ってくれました。

「家族との時間を作る、いい機会になると思うよ」

その言葉を聞いたとき、胸の奥にあった緊張が少しだけほどけました。


少しだけ安心が生まれた瞬間

私はずっと「職場に迷惑をかけている」と思い続けていました。

しかしその言葉を聞いたとき、初めて思いました。

「休んでもいいのかもしれない」

もちろん、すぐに気持ちが軽くなったわけではありません。

それでも、少しだけ安心が生まれました。


それでも残った現実の不安

年明けの診察でも、症状は思うように回復していませんでした。

歩くのがやっとの状態が続いていました。

医師と相談した結果、私は手術を受けることを決めました。

手術日は2月4日。

「しっかり治す」

そう決めて、手術を受ける覚悟を固めました。

そして少しずつ、周りのことを冷静に考えられるようになった頃、別の不安が頭をよぎりました。

お金のことです。

長期休職になると、傷病手当金という制度があり、収入の7割程度が支給されることは知っていました。

それでも現実的な問題は残ります。

住宅ローン。
毎月の生活費。

さらに、手術費用や入院費。

「本当に大丈夫だろうか」

体のことだけでなく、生活のことも心配になりました。

ただ、この不安は後から振り返ると、いくつもの制度に支えられていることを知るきっかけにもなりました。

休職中の収入。
医療費の負担。
会社の制度や保険。

その存在を知ったことで、私の不安は少しずつ小さくなっていきました。

この制度については、次の記事で詳しく書きたいと思います。


まとめ:休職は逃げではない

休職することは、逃げではありません。

体を壊してしまえば、働き続けることはできません。

だからこそ、治療に専念する時間は必要です。

私自身、2026年3月現在も休職中です。

もうすぐ復職面談を控えています。

不安はまだあります。

それでも今は、あの時店長が言ってくれた言葉を思い出します。

「きちんと治してから戻ってきてほしい」

その言葉が、今も私の支えになっています。


次の記事

休職中に大きかったのは、やはり「お金の不安」でした。

傷病手当金はいつ振り込まれるのか。
医療費はいくらかかるのか。

実際に休職してみて、制度のありがたさを強く感じました。

次の記事では、休職中のお金と制度について、実体験をもとにまとめたいと思います。

→ 傷病手当金はいつ振り込まれる?休職中のお金と制度のリアル

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